INTERVIEW インタビュー

樋口 新葉

Wakaba Higuchi

自分らしい演技で感動を伝えたい

結果を求めすぎない姿勢がもたらした大きな成長

2023.06.14

フィギュアスケート「樋口 新葉」選手

インタビュー・文=平野貴也 写真=戸田麻子

再挑戦につながった想い

電気刺激装置で治療中の、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
3歳のときにスケートを始めたとうかがいました。どんなところに楽しさを感じて、競技を続けていますか?

樋口最初は、母の勧めでリンクに連れて行ってもらって、スケート教室のようなものに参加していました。滑り始めたばかりの頃の、楽しいという感覚は、すごく大事なものだったと思うようになりました。中・高校生になってからは試合で勝ちたい、ジャンプを跳べるようになりたいということが目標になったのですが、大学に進んで勝つことだけがすべてではない、スケートを始めたばかりの頃の楽しさを大事にしようと思い始めてから、競技の結果も出るようになり、練習も楽しくできるようになった気がしています。

インタビューに答える、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
勝つことが全てではないと考えたきっかけは?

樋口10代の頃、目標にしていた大きな国際大会の出場権を得られなかったことが転機でした。結果にこだわり過ぎて、スケートをするのがしんどいと思うになってしまいました。そのときに、試合の成績以外に、自分がポジティブに捉えられる要素が必要で何かないかと探したのですが、そもそもはスケートが楽しいから続けていたはずだと思い返しました。だから、期待に応える成績を出そうとばかり考えず、もっと自分のために、自分がどうしたいかを考えて練習するという形で目標を立てるようになって、少しずつ変わっていきました。

期待される結果を出せるか否かばかりが注目されて疲れてしまうという話は、アスリートからよく聞きます。

樋口夢見ていた大会に出場したい気持ちは変わりませんでしたけど、4年も先になる再挑戦に、すぐに全力で取り組む気持ちにはなれませんでした。足りない部分を1年毎にできるようにしていくイメージを描いて、少しずつ、できるようになる楽しさや喜びを感じながら再挑戦を目指していきました。

当時、2カ月くらい落ち込み続けていましたが、3カ月後にミラノで行われる世界大会の出場権は獲得できたので、シーズンの最後の大会を自分が納得できる形で締めくくりたいと気持ちを切り替えて臨みました。まさか銀メダルを取れるとは思っていませんでしたが、結果が出たことで、すべてが終わってしまったわけじゃないと切り替えられ、少し光が見えた部分もありました。とにかく自分が一番納得できる形で大会を終えようという気持ちが大きく、その姿勢で結果が出たことで、再挑戦につながったと思います。

自分らしさを出せた夢の舞台

フィギュアスケート「樋口 新葉」選手

©坂本清

2022年には再挑戦が実って、北京で行われた国際大会に出場。団体戦の銅メダル獲得にも貢献されました。個人戦でも上位入賞。フリースケーティングでは連続3回転ジャンプで転倒してしまいましたが、インタビュー記事で「それも自分らしいと思った」と話されていたのが印象的でした。

樋口本当に出場したい大会だったので、前年の選考大会の段階で、出場権を得られても、得られなくても、自分が納得して終わることができるようにと思って、どんな結果になっても受け入れられるくらいに練習を頑張っていたので、そこは自信がありました。

直前の3週間で1日30分くらいしか氷上練習ができないという経験は初めてで調整が難しかったですし、コロナ禍だったので、毎日検査があったり、出入りできる場所の確認が必要だったりと、準備段階で気を遣っていました。すごく気を張った状態で、最高のコンディションを作るのは難しかったですけど、自分が目標にしていた(その大会の女子選手では史上5人目の成功となる)トリプルアクセルを跳ぶことや、すべてを出し切ることを果たせるくらいの状態まで持って行けたので、もう一番大事なのは結果じゃないと思って試合に臨めました。

もし、周りの方が期待してくれる結果ではなかったとしても、自分は納得できると思いました。転倒したこと自体は悔しかったですけど、転倒した後に悪いイメージや気持ちを引きずることなく演技を続けられたのは、大きな成長でした。良い意味で結果を求め過ぎないことが、自分の強みになったと感じました。

自分の状態を把握すればパフォーマンスが変わる

インタビューに答える、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
その大会の帰国後に右すね外側の疲労骨折が判明しました。ケガとは、どのように向き合ってきましたか?

樋口腰、すね、足の甲などの慢性的な痛みは、小学生の頃からありました。でも、骨折とか脱臼のような、大きな負傷はしませんでした。当時は、まだ身体が成長段階で骨が固まっていないので痛めやすいと言われていました。先ほどお話した世界大会で銀メダルを取った年に、出場を予定していた試合を棄権しなければいけないくらいに足の甲を痛めてしまいましたが、それまでは試合から離れるほどのケガはありませんでした。

コンディショニングは、いつ頃から意識していますか?

樋口中学生までは、周囲の大人の方に言われたとおりにやっているだけで、自分で状態を把握したり、調べたりはしていませんでした。高校生になってからは、周りの選手、他競技の選手、トレーナー、コーチと話をする中で、それぞれのやり方があると知って、自分で調べるのも面白いと思うようになりました。自分の身体がどのような状態になっていたら、競技パフォーマンスにどのように影響するのか興味を持って、トレーナーさんに状態を伝えて、アドバイスをもらって調整するようになりました。

練習に使用できるスケートリンクの時間が毎日一定ではないので、生活は少し不規則になりがちですが、身体の状態を把握できるようになると、1日の練習スケジュールの中でも、午前の練習状況によって、午後はどういう状態になるかなどが分かるようになってきました。今は、細かく1グラム単位で量って食事などに気をつけるのも、楽しくなっています。

インタビューに答える、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
例えば、どんな工夫でどんな影響が出るのでしょうか?

樋口食事の摂り方などによって、身体が動きやすい時間帯、動きにくい時間帯が出ると感じています。栄養素によって、汗をかく量も変わります。食事をしてからでないと動かないという方もいますが、私は、今は、空腹感がある方が集中力が高まり、身体が動くように感じています。だから、午前練習はジャンプをしない、午後練習では(身体の負荷が大きい)ジャンプをすると決めて、それに合わせて食事を摂ります。試合が近くなると、試合の時間に合わせて練習を組んでいきます。あと、回復は非常に大事なので、午前練習と午後練習の間には、必ずお昼寝をします。

治療器は私にとっての安心材料

電気刺激装置で治療中の、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
子どもの頃から慢性的に痛みを抱えていたということですが、セルフケアや治療は、どのようにしていましたか?

樋口小学生の頃から、どこの治療院に行っても超音波治療器が置いてあって、それを当ててもらうイメージがありました。セルフケアでは、微弱電流が流れるマイクロカレントをずっと使っています。主に脚部で、負傷した場所や痛めて回復が心配な場所に当てています。次の日のコンディショニングを目的として、横になりながら使うことが多いです。

私のケガは、疲労骨折など完治の目安がハッキリしないものが多いですし、治療器の効果も明確に目に見えるものではありませんが、毎日続けて使っている感覚として、使用によって回復は早まっていると感じています。小さいので、海外遠征のときも必ず持参しています。

超音波は、治療院に行けないときに、自分で使っています。膝は、筋肉と筋が当たってしまうことがあるので、よく使うのですが、いろいろなモードがあって、骨の治療だけでなく、筋肉へのアプローチとしても、脚部に限らず、全身どの部位にも使います。手術後の傷口などの癒着に対して、事前のアプローチとしても使っています。

電気刺激装置で治療中の、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
治療器があって良かったと思った場面は?

樋口2017年の全日本選手権で準優勝したのですが、試合の期間中に膝を痛めてしまいました。直前の1カ月くらいは練習を多く詰めていくのですが、その期間中に痛めて回復し切れず、痛いままだったり、悪化したりした可能性もあったと思いますが、超音波治療器の使い方を教えてもらいながら使って、比較的良い状態で試合に臨めましたし、良い結果を出すこともできたので、助かりました。

22年に右すねの疲労骨折が判明した後は、完治を目指すために長い期間を休まなければいけなくなりましたが、そうは言っても、多少はスケートをしながら治療を進めなければいけないので、練習後の回復のために超音波治療器を使っていました。

治療器は、私にとって安心材料です。不安なときでも「これがあるから、きっと大丈夫だ」という気持ちになれるのは、すごく大きいです。あと、使用方法は、あまり変えないようにしています。変えると、今回は使ったから、あるいは使わなかったから……と考え始めてしまうので、なるべく同じように使う意識で毎日20~30分を続けています。

結果だけを求めず、自分らしいスケートを

インタビューに答える、フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
今季、復帰されると聞いています。今後の目標を教えてください。

樋口まずは、今年(2023年)の全日本選手権で一番良い成績を残すのが目標です。それができれば、世界大会にチャレンジできます。今は、以前のレベルに戻せるのではないかと思うくらいに、痛みなどの不安がありません。きつい練習も面白く感じられて、充実しています。試合も気持ちよく臨めたら良いなと思います。

結果を出すことで、いろいろな活躍の場を得られる現実があるので、結果は求めていきます。でも、最初にお話ししたように、それ以外の部分も大事。成績だけではなくて、自分らしいスケートや演技を喜んでもらえたり、感動してもらえたりしたら嬉しいし、そういうスケーターになりたいです。自分の感情を演技に出す部分は、すごく練習していて自信を持てるところなので、見てくださる方に伝わればいいなと思っています。

最近はアイスダンスもやってみたいなと思うこともあります。ずっとシングルをやってきたので、人と一緒に滑ったことがありません。ステップを踏むのはすごく好きなので、ほかの選手とテンポを合わせて回ったり、持ち上げられたりするのは面白そうだなと思います。これからも、競技だけでなく、アイスショーなども含めて、滑れるうちは、たくさんの方に自分のスケートを見ていただきたいです。

フィギュアスケート「樋口 新葉」選手
樋口 新葉 (ひぐち・わかば)

2001年1月2日生まれ。東京都出身。ノエビア所属。
3歳からスケートを始め、ノービス時代から全日本ジュニア選手権(推薦出場)で8位入賞、NHK杯・世界選手権のエキシビションに特別招待されるなどの活躍をみせる。
2016年、世界ジュニアフィギュアスケート選手権大会で2年連続の3位。平昌オリンピックは、あと一歩のところで逃したが、その後も国内外の数々の大会で好成績をおさめ、北京オリンピックの代表選考がかかった2021年の全日本フィギュアスケート選手権大会で2位に入り代表の座をつかむ。
北京オリンピックでは団体戦で3位、個人戦では5位入賞を果たす。